のれん代
のれん代とは、一言で言えば会社の「超過収益力」のことです。
企業の価値を測る際、貸借対照表(B/S)に記載されている「自己資本(純資産)」だけでは説明できない、目に見えない強みを数値化したものがこれに当たります。
具体的には、長年培ってきた顧客との信頼関係、独自の技術やノウハウ、ブランド力、あるいは優秀な人材など、将来にわたって会社がキャッシュ(現金)を生み出し続ける源泉となる価値を指します。
M&Aにおいて、買い手が売り手の時価純資産を上回る金額を支払うのは、この「将来生み出されるキャッシュフロー」を買い取っているからに他なりません。
中小企業におけるのれん代の計算実務
中小企業のM&A実務において、企業価値(株価)を算定する際によく用いられるのが「年買法(ねんばいほう)」です。この手法では、のれん代を以下のような数式で簡便的に算出します。
のれん代 = (営業利益 + 減価償却費) × 3~5年分
ここで「営業利益 + 減価償却費」という項目が使われるのは、これが企業が本業で稼ぎ出す純粋なキャッシュの流れである「EBITDA(イービッダ)」に近い概念だからです。
買い手はこの金額をベースに、「投資した資金を何年で回収できるか」を検討します。一般的には、この倍率が10倍以内におさまっていれば、適正な買収価格であると判断される一つの目安となります。
したがって、企業価値(株価)の全体像は以下のようになります。
株価 = 自己資本(資産・負債を時価評価した後) + のれん代
「真の収益力」を見極めるための修正
のれん代を計算する際、単に「直前期の決算書の数字」を機械的に当てはめるだけでは、会社の真の価値を見誤る可能性があります。実務上は、以下のような「異常期の修正」が重要になります。
① 一時的な要因の排除
例えば、コロナショックのような不可抗力による外部要因で一時的に赤字が出た場合、その期の数字をそのまま計算に使うのは不適切です。将来のキャッシュフローを予想するには、過去3~5年の実績値を平均したり、特殊な事情を除外した「正常な収益力」を算出したりする必要があります。
② 将来発生しないコストの除外
売り手企業の中に、長年赤字を垂れ流している不採算部門や店舗があり、M&Aを機にこれらを閉鎖・撤退することが決まっている場合、その赤字額は「将来ののれん代」の計算からは差し引いて考えるべきです。例えば、表面上の営業利益が赤字であっても、その原因が撤退済みの店舗によるものであれば、来期以降は利益が出る体質であると評価され、数億円規模ののれん代が認められるケースもあります。
③ 役員報酬の調整
オーナー企業の多くは、節税や事業承継対策として役員報酬を高く設定していたり、逆に低く抑えていたりします。のれん代を算定する上では、これらを「一般的な水準の報酬」に置き換えて実質的な利益を計算し直すことが、適正な評価につながります。
のれん代を最大化させる経営戦略
売り手オーナーにとって、のれん代を高く評価させることは、これまで心血を注いで育ててきた「わが子」のような会社への正当な対価を受け取ることを意味します。そのために、日頃から以下の意識を持つことが推奨されます。
利益と財務体質の改善:M&Aでの売値は「利益」を中心に決まります。役員報酬を多く取りすぎて利益を圧迫させるのではなく、会社に利益を残して財務体質を磨いておくことが、結果的にのれん代のアップにつながります。
「サビ」を落とす:含み損のある古い不動産や不良在庫など、貸借対照表上の「負の遺産」は早めに処分しておくべきです。総資産を圧縮し、ROA(総資産経常利益率)を高めることで、効率的な経営体制であると買い手にアピールできます。
見えない価値の言語化:独自の技術や取引先との強固なネットワークなど、数字に表れにくい強みを明確にし、買い手に対して説得力のあるエビデンス(根拠資料)として提示することが、1億円単位の上乗せ交渉を有利に進める鍵となります。
交渉における注意点
のれん代はあくまで「将来の予測」に基づくため、買い手と売り手の間で最も意見が対立しやすいポイントです。買い手はデューデリジェンス(買収監査)を通じて、隠れ負債や将来のリスクを徹底的に洗い出し、のれん代を減額しようと試みます。
また、売り手オーナーにとって注意すべきは、受け取るお金の内訳です。「株式の譲渡対価」として受け取るか、勇退時の「役員退職金」として受け取るかによって、手元に残る金額(税引き後のキャッシュ)が大きく変わります。
のれん代を含めた企業価値の総額は同じでも、税務上有利な配分を検討することが、実質的な利益を最大化する実務と言えます。


